年金制度改正について
より多くの人がこれまでよりも長い期間にわたり多様な形で働くようになることが見込まれる中で、今後の社会・経済の変化を年金制度に反映し、長期化する高齢期の経済基盤の充実を図るためのものとして、「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律」が2020年に成立しました。
成立した年金制度改正法は2022年4月より段階的に施行され、直近では2023年4月1日に年金受給開始時期の選択拡大に伴う「特例的な繰下げみなし増額制度」が実施されました。また在職老齢年金の支給調整停止額も改定されました。今回はその改正・改定内容を確認します。ぜひ参考にしてください。まずは年金制度改正法による改正内容を振り返ります。大きな改正ポイントは以下の4点となります。
改正ポイント1. 社会保険新加入基準 短時間労働者の厚生年金/健康保険の適用拡大
改正前の短時間労働者(パート・アルバイト)の社会保険の適用については、「500人超の企業」と「500人以下の企業」で適用対象者に違いがありましたが、改正後は短時間労働者の社会保険(厚生年金保険・健康保険)の適用対象者が段階的に拡大され、社会保険の加入基準が規模別に変わります。
●新たな適用範囲
適用の対象となる事業所規模、従業員の雇用期間についての要件が変更されました。
事業所規模については2024年10月にさらに拡大されます。
対象 | 要件 | 改正前 | 2022年10月改正 | 2024年10月改正 |
---|---|---|---|---|
事業所 | 事業所の規模(※1) | 従業員数常時501人以上 | 従業員数常時101人以上 | 従業員数常時51人以上 |
短時間労働者 | 労働時間 | 1週の所定労働時間が 20時間以上 |
変更なし | 変更なし |
賃金(※2) | 月額88,000円以上 | 変更なし | 変更なし | |
勤務期間 | 継続して1年以上 使用される見込み |
継続して2カ月を超えて 使用される見込み |
継続して2カ月を超えて 使用される見込み |
|
適用除外 | 学生でないこと(※3) | 変更なし | 変更なし |
改正ポイント2. 在職定時改定 65歳以上でも働きながら年金額を増額可能に
2022年4月の改正で在職老齢年金制度における「在職定時改定」が導入されました。一般的にいわれる「定年後に受給する厚生年金」とは、「老齢厚生年金」のことを指します。老齢厚生年金は原則として65歳から受給でき、受給額は加入期間やそれまでの報酬額(給与・賞与)などによって異なります。65歳以降も会社員として働き、厚生年金を払い続けている人は勤務先からの給与のほか、老齢厚生年金も支給されるため、毎月「給与」と「年金(国民年金と厚生年金)」の2つの収入を得ることになりますが、これまでは65歳以降に払い込んだ厚生年金保険料は、退職もしくは70歳になるまで老齢厚生年金額には反映されませんでした。
在職定時改定は65歳以上70歳未満で老齢厚生年金を受給しながら働き、厚生年金保険料も納めている方の老齢厚生年金額を毎年10月に改定する制度で、この制度導入後は65歳以降も厚生年金を払いつつ働き続けた場合は報酬額に応じて年金受給額を改定し、毎年10月分の老齢厚生年金から増額分が支給されることになりました。
改正ポイント3. 受給開始時期の選択肢の拡大
公的年金の受給開始は老齢基礎年金・老齢厚生年金とも原則65歳ですが、実際は法改正前で60歳から70歳までの間で受給開始時期を選択することができ、2022年4月の改正後は選択期間が60歳から75歳までの間に拡大されました。65歳前に受給を始めることは「繰上げ」、66歳以降に受給を始めることは「繰下げ」と称されますが、繰り下げ受給の上限年齢が引き上げられました。ひと月あたりの繰下げ増額率は+0.7%より変更はありませんが、75歳まで繰下げた場合は+84%まで増えることになります。また、70歳以降も安心して繰り下げ待機を選択することができるよう、直近2023年4月の改正にて「特例的な繰り下げみなし増額制度」が設けられました。
改正ポイント4. 確定拠出年金の加入要件の緩和
確定拠出年金(DC)制度は、公的年金制度の上乗せとして位置づけられている制度です。拠出した掛金を運用していき、その運用収益で将来の給付額が決まる年金制度で、老齢基礎年金や老齢厚生年金などと合わせて老後に受け取ることができます。掛金を事業主(企業)が拠出する企業型確定拠出年金と、加入者(個人)が拠出する個人型確定拠出年金(iDeCo)の2種類の制度がありますが、2022年4月、5月に次の改正が行われました。
1.加入可能年齢の引き上げ
2022年5月の改正後、加入可能年齢が5歳引き上げられ、企業型確定拠出年金は70歳未満の人まで(※4)、個人型確定拠出年金は65歳未満の人まで(※5)加入できるようになりました。加入可能年齢が延びるということは拠出額が増え、その分将来の給付額も増やすことが可能になるということになります。
(※4) 企業型制度がある企業に勤務している場合、また加入できる年齢などは企業によって異なる。
(※5) 国民年金や厚生年金の被保険者である必要がある。60歳以降も企業で働く、国民年金に任意加入している場合に加入できる。
2.受給開始時期の選択肢の拡大
確定拠出年金の加入可能年齢が引き上げられることに合わせて、実際に年金を受け取る時期も変更され、改正後の2022年4月からは60歳~75歳の間で選べるようになりました。
3.企業型確定拠出年金加入者のiDeCo加入の要件緩和
企業型の確定拠出年金加入者のiDeCoへの加入は規約や事業主掛金の上限の引き下げ等の条件により限定されていましたが、2022年10月の改正後は企業型確定拠出年金の加入者も原則iDeCoに加入(※6)できるようになりました。
(※6) iDeCoの掛金額は、月額2万円(確定給付年金等の他制度にも加入している場合は月額1.2万円)、かつ事業主の拠出額と合算して月額5.5万円(同2.75万円)の範囲内とする必要がある。また、企業型確定拠出年金で加入者が掛金を上乗せ拠出する「マッチング拠出」を選択している場合などはiDeCoには加入できない。
2023年4月実施の改正等について
上述の改正が2022年4月以降段階的に施行されてきましたが(一部2024年10月1日施行)、直近では2023年4月に「特例的な繰り下げみなし増額制度」の施行と在職老齢年金の「支給停止調整額」が改定されました。
特例的な繰り下げみなし増額制度
先の振り返りで確認の通り、2022年4月から老齢年金の繰り下げ受給開始の上限年齢が改正前の70歳から75歳に引き上げられました。増額率は一律に+0.7%とされ、仮に75歳まで繰り下げると+84%の増額となります。
他方、繰り下げは繰り上げと違って実際に年金を受給し始めているわけではありませんので、繰り下げ請求をしないで過去にさかのぼって年金を受け取るという選択も可能です。ただし、75歳まで繰り下げが可能となったことで、たとえば72歳で繰り下げ請求せずに過去にさかのぼって受給したいと申し出た場合、年金の時効は5年であることから、5年を経過した分である、65~67歳の部分は時効で消滅をしています。これでは75歳までの繰り下げ請求はリスクが伴うものとなります。
このようなリスクを踏まえ、安心して繰下げ待機を選択することができるよう制度改正が行われました。70歳到達後に年金請求をし、かつ請求時点における繰下げ受給を選択せず、さかのぼって本来の年金を受給することを選択した場合でも、年金額の算定にあたっては請求の5年前の日に繰下げ請求の申出しをしたものとみなして、繰下げ増額された年金の5年間分を一括して受け取ることができる制度が設けられました。この制度が「特例的な繰下げみなし増額制度」となります。
制度の対象となるのは次のいずれかに該当する方となります。
- ・昭和27年4月2日以降生まれの方(令和5年3月31日時点で71歳未満の方)
- ・老齢基礎・老齢厚生年金の受給権を取得した日が平成29年4月1日以降の方
(令和5年3月31日時点で老齢基礎・老齢厚生年金の受給権を取得した日から起算して6年を経過していない方)
※65歳以降に厚生年金保険に加入していた期間がある場合や、70歳以降に厚生年金保険の適用事業所に勤務していた期間がある場合に、在職老齢年金制度により支給停止される額は増額の対象になりません。
※80歳以降に請求する場合や、請求の5年前の日以前から障害年金や遺族年金を受け取る権利がある場合は、特例的な繰下げみなし増額制度は適用されません。
※また、過去分の年金を一括して受給することにより、過去にさかのぼって医療保険・介護保険の自己負担や保険料、税金等に影響のある場合があるので注意が必要です。
在職老齢年金の支給停止調整額
在職老齢年金制度の令和5年度の支給停止調整額は厚生年金保険法第46条第3項の規定により、名目賃金の変動に応じて改定され令和4年度の47万円から48万円に変更されています。
令和4年度 | 令和5年度 | ||
---|---|---|---|
支給停止調整額 | 47万円 | → | 48万円 |
厚生労働省 | 令和5年度の年金額改定についてお知らせします (mhlw.go.jp)
在職老齢年金制度とは、厚生年金保険に加入しながら老齢厚生年金を受ける60歳以上の人を対象に、基本月額と総報酬月額相当額(賞与込みの月収賃金)の合計額が支給停止調整額を上回る場合、老齢厚生年金の一部または全額が支給停止する仕組みです。支給停止額は次の計算式より求めます。
支給停止額=(基本月額+総報酬月額相当額-支給停止調整額)÷2
基本月額とは、「1ヶ月あたり老齢厚生年金をいくら受給しているか」を指す額です。老齢厚生年金(年額)を12(ヶ月)で割った額が基本月額となります。この制度の対象となるのは老齢厚生年金のみで基礎年金や加給年金の受給額は含まれません。総報酬月額相当額とは、「1ヶ月あたり会社の給与をいくら受給しているか」を指す額です。直近1年間で受け取った給与(標準報酬月額)と賞与を合計し、12(ヶ月)で割った額が総報酬月額相当額となります。
具体的に計算してみますと次のようになりますが、基本月額と総報酬月額相当額の合計が48万円以下の場合は、年金が全て支給され(※7)、48万円を超えた場合は、超えた額の2分の1の年金が支給停止となります。
(※7) 在職老齢年金の計算とは別に、雇用保険の高年齢雇用継続給付を受けている厚生年金加入者は、別途年金が減額されますので高年齢雇用継続給付を受給している人は、老齢厚生年金を全額受給できるとは限らない点があります。
例) 基本月額と総報酬月額相当額の合計が支給訂正調整額を支給停止額が生じるケース
- 基本月額: 10万円(年額120万円÷12ヶ月)
- 総報酬月額相当額: 41万円(標準報酬月額36万円+年間賞与60万円÷12)
- 支給停止額: (10万円+41万円-48万円)÷2=1.5万円
- 年金支額(月額): 10万円-1.5万円=8.5万円
支給停止調整額は60~64歳においては2022年4月の法改正までは28万円が上限であったため、改正前より減額基準が緩やかになり働きながら老齢厚生年金を受給しやすくなっています。
まとめ
一連の年金制度改正は少子高齢化の急速な進展、人口減少により、現状の制度のままでは年金制度が持たないという背景があります。それと同時に人材不足の中、経済社会の活力を維持するためには働く意欲のある労働者には、できるだけ長く働いてもらうことが必要になってきています。人材を確保しやすい体制づくり、年齢問わず働きやすい環境の整備、労働者がその能力を十分に発揮できるよう、活躍できるような環境整備を図ることが今後ますます求められるでしょう。
(参考・出典)
・厚生労働省 │ 年金制度改正法の概要
・日本年金機構 │
短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大のご案内
・日本年金機構 │
働きながら年金を受給する方へ
・日本年金機構 │
令和4月から在職定時改定制度が導入されました
・日本年金機構 │
令和5年4月から老齢年金の繰下げ制度の一部改正が施行されました