
毎年10月は、地域別最低賃金が改定される季節です。
最低賃金と聞くと、「うちはパート・アルバイトが少ないから」「正社員は月給制だから、時給の話は関係ない」と受け止められる経営者・管理者の方が少なくありません。しかし、実務の現場で最低賃金割れが発覚するケースは、むしろ月給制の正社員で起きています。
理由はシンプルです。時給者は金額がそのまま見えるため、改定のたびに必ず見直されます。一方、月給制は「30万円もらっているのだから足りているはずだ」という感覚だけで判断されがちで、誰も計算していない。ここに落とし穴があります。
本コラムでは、給与計算・社会保険手続きのご担当者、そして人件費を管理される役職者の方に向けて、月給制における最低賃金の正しい確認方法を、計算例とともに整理します。
目次
- 1. 令和8年度の改定状況 ── 全国加重平均は1,177円に
- 2. 月給を所定労働時間で割れば済む、わけではない
- 3. 計算してみましょう ── 月給30万円の実例
- 4. 固定残業代がある場合 ── 「除外して終わり」ではありません
- 5. 月給制以外の賃金形態
- 6. 社会保険・給与実務への波及
- 7. 点検チェックリスト
- おわりに ── 年に一度の点検で、安心できる賃金体系を
1. 令和8年度の改定状況 ── 全国加重平均は1,177円に
令和8年度の地域別最低賃金は、全都道府県で地方最低賃金審議会の答申が出そろいました。全国加重平均は1,177円で、前年度の1,121円から56円の引上げです。7月28日に中央最低賃金審議会が示した目安(Aランク54円、B・Cランク56円)を、全国加重平均で1円上回りました。
最高額は東京都の1,280円、最低額は宮崎県の1,085円です。今年度も33府県が目安を上回る引上げとなり、最も引上げ額が大きかったのは佐賀県の65円(目安+9円)でした。地方ほど目安を上回る傾向が続いています。
実務上、押さえておいていただきたい点が3つあります。
① 目安額ではなく、都道府県ごとの決定額で確認してください
人件費の試算や賃金改定の検討を目安額で進めていた場合は、各都道府県の答申・決定額で計算し直してください。目安を上回った府県では、目安額を前提にした賃上げでは足りない可能性があります。
なお、厚生労働省の一覧は「答申状況」として公表されており、答申後の異議申出の状況によっては発効日等が変わる可能性があります。最終的な金額と発効日は、各都道府県労働局の決定・公示でご確認ください。
② 発効日は全国一律ではありません
令和8年度は、東京都・大阪府・愛知県など多くの都道府県が10月1日に発効する一方、静岡県は10月15日、京都府は11月16日、岩手県・熊本県は12月1日、最も遅い沖縄県は12月2日と、約2か月の開きがあります。複数の都道府県に事業所をお持ちの企業は、事業場ごとに金額と発効日を確認してください。
なお、最低賃金は「労働者が所属する事業場の所在地」の額が適用されます。本社と支店が別の都道府県にある場合、支店で働く社員には、原則として本社所在地ではなく支店所在地の額が適用されます。
ただし例外があります。営業担当者が1名常駐しているだけで、採用・勤怠管理・給与計算などの事務は本社で行っている支店のように、規模が著しく小さく独立性のない出張所・支所等は、直近上位の事業場(本社など)と一括して一つの事業場として扱われます(平成11年3月31日基発第168号)。この場合は本社所在地の額が適用されるため、たとえば本社が東京都にあれば、支店所在地の最低賃金を上回っていても、東京都の最低賃金を下回れば最低賃金割れとなります。地方支店の給与を現地の相場や現地の最低賃金を基準に設定している企業は、特にご注意ください。完全在宅勤務の社員も、自宅の所在地ではなく、所属する事業場の所在地の額で判定します。
独立性の有無は人数だけでなく、人事・経理などの権限や事務処理の実態で判断されます。判断に迷う場合は労働基準監督署にご確認ください。また、36協定や労働保険の適用単位など、他の手続きでの扱いと矛盾しないよう整理しておくことも大切です。
派遣労働者については、派遣元ではなく派遣先の事業場所在地の最低賃金が適用される点にもご注意ください。
③ 発効日が月の途中の場合、その月は日割りで判定します
たとえば静岡県のように10月15日発効で、賃金締切日が月末の場合、10月1日〜14日は旧額、10月15日〜31日は新額で判定することになります。給与計算システムの設定を、発効日ベースで確認しておく必要があります。
2. 月給を所定労働時間で割れば済む、わけではない
最低賃金は時間額で定められています。したがって月給制の場合、時間額に換算して比較することになりますが、この換算に2つの関門があります。
関門① 分母は「1か月平均所定労働時間」
最低賃金法施行規則第2条により、月によって定められた賃金は「1か月の所定労働時間数(月によって異なる場合は、1年間における1か月平均所定労働時間数)」で除します。
よくある誤りが、「その月の所定労働時間」で割ってしまうことです。営業日の少ない月で計算すれば時間額は高く出ますし、多い月では低く出ます。年間カレンダーから算出した平均値を使ってください。
なお、この分母が正しくないと、割増賃金の単価も同時に誤ることになります。最低賃金の点検は、実は割増賃金の点検も兼ねています。
関門② 分子に入れてはいけない賃金がある
ここが最大のポイントです。月給の全額が最低賃金の比較対象になるわけではありません。最低賃金法第4条第3項および同法施行規則第1条により、次の賃金は除外して計算します。
| 除外される賃金 | 具体例 |
|---|---|
| 臨時に支払われる賃金 | 結婚手当、私傷病見舞金 など |
| 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金 | 賞与、四半期手当 など |
| 所定労働時間を超える労働に対する賃金 | 時間外手当、固定残業代 |
| 所定労働日以外の労働に対する賃金 | 休日手当 |
| 深夜割増部分 | 22時〜5時の割増部分(通常賃金を超える部分) |
| 精皆勤手当・通勤手当・家族手当 | ― |
逆に言えば、上記に該当しない手当はすべて算入します。役職手当、資格手当、業務手当、地域手当、そして住宅手当も算入対象です。
給与担当者が最も間違えやすい「ねじれ」
ここで、給与計算実務における重要な論点を一つ。
割増賃金の算定基礎(労働基準法第37条、同法施行規則第21条)から除外できる手当と、最低賃金から除外する手当は、範囲が異なります。
| 手当 | 最低賃金の計算 | 割増賃金の基礎 |
|---|---|---|
| 通勤手当 | 除外 | 除外可 |
| 家族手当 | 除外 | 除外可 |
| 精皆勤手当 | 除外 | 算入(除外できない) |
| 住宅手当 | 算入 | 要件を満たせば除外可 |
精皆勤手当と住宅手当は、両制度で扱いが逆転します。「割増賃金の計算で除外している手当リスト」をそのまま最低賃金の判定に流用すると、住宅手当を誤って除外し、実態より低い時間額を算出してしまう ── あるいは精皆勤手当を誤って算入し、割れているのに気づかない、という事態になります。

3. 計算してみましょう ── 月給30万円の実例
前提を置きます。
- 年間所定労働日数 255日/1日の所定労働時間 8時間
- 1か月平均所定労働時間 =(255日 × 8時間)÷ 12 = 170時間
- 事業場所在地の最低賃金 = 1,280円(東京都・令和8年度)
賃金の内訳は次のとおりとします。
| 項目 | 金額 | 最低賃金への算入 |
|---|---|---|
| 基本給 | 190,000円 | ○ |
| 役職手当 | 20,000円 | ○ |
| 住宅手当(一律定額) | 10,000円 | ○ |
| 家族手当 | 15,000円 | × |
| 通勤手当 | 12,000円 | × |
| 精皆勤手当 | 8,000円 | × |
| 固定残業代(30時間分) | 45,000円 | × |
| 合計 | 300,000円 |
誤った計算
「1,280円の1.4倍近くある。まったく問題ない」── 多くの企業がここで点検を終えてしまいます。
正しい計算
算入対象は、基本給190,000円+役職手当20,000円+住宅手当10,000円=220,000円。
1,764.7円 → 1,294.1円。実に470円の乖離です。
そして最低賃金1,280円との差は、わずか14円。今回はかろうじてクリアしていますが、来年の改定でもう一段の引上げがあれば、確実に割り込みます。月給30万円という金額の印象と、実際の余裕度は、まったく別物なのです。
もしこの社員の月給30万円のうち、家族手当や通勤手当など除外される手当の割合がもう少し大きければ(たとえば家族手当が2,500円多く、その分基本給が少なければ)、あるいは年間所定労働日数が数日多ければ、この時点で最低賃金割れです。月給30万円でも、最低賃金法違反は成立します。
4. 固定残業代がある場合 ── 「除外して終わり」ではありません
固定残業代(みなし残業手当、定額残業代)は、所定労働時間を超える労働に対する賃金ですので、最低賃金の計算からは除外します。ここまでは前章のとおりです。
しかし、実務上の論点はここから先にあります。
論点① 固定残業代が「有効」でなければ、そもそも除外できない
固定残業代を時間外労働の対価として扱うには、判例上、次の要件が求められます。
- 明確区分性:通常の労働時間の賃金部分と、割増賃金部分が判別できること
- 対価性:何時間分の時間外労働に対する対価であるかが、契約上明らかであること
- 差額精算:定額を超える時間外労働が発生した場合、差額を追加支給すること
「基本給には残業代を含む」といった曖昧な定めでは、固定残業代として認められません。この場合、当該金額は通常の労働時間の賃金として扱われるため、最低賃金の判定上は算入されることになります。
一見すると企業に有利に思えるかもしれませんが、実際には逆です。固定残業代が無効と判断されれば、その金額が割増賃金の算定基礎に組み込まれ、未払い残業代が過去に遡って発生します。最低賃金をクリアするどころではない金額になります。
論点② 賃上げすると、固定残業代が「時間数不足」になる
これが、今回の改定でとくに注意していただきたい連鎖です。
先ほどの事例で、固定残業代の妥当性を検証してみます。
割増賃金の算定基礎に含まれるのは、基本給190,000円+役職手当20,000円+住宅手当10,000円(一律定額のため除外不可)+精皆勤手当8,000円=228,000円。
30時間分の時間外手当 = 1,341.18円 × 1.25 × 30時間 = 50,294円
支給している固定残業代は45,000円。5,294円不足しています。
つまり、契約書には「固定残業代45,000円(時間外30時間分)」と書かれているにもかかわらず、実際にカバーできているのは約26.8時間分にすぎません。残り約3.2時間分は、毎月未払いの状態です。
そして、賃上げは不足額を拡大させます
最低賃金の引上げに対応するため基本給を上げると、割増賃金の時間単価も連動して上がります。単価が上がれば、同じ「30時間分」を賄うために必要な固定残業代の額も増えます。
5. 月給制以外の賃金形態
参考までに、他の賃金形態の換算方法も整理しておきます。
| 賃金形態 | 時間額への換算 |
|---|---|
| 時間給 | そのまま比較 |
| 日給 | 日給 ÷ 1日の所定労働時間 |
| 週給 | 週給 ÷ 1週間の所定労働時間 |
| 月給 | 月額 ÷ 1か月平均所定労働時間 |
| 出来高払制・歩合給 | 賃金算定期間の総額 ÷ 当該期間の総労働時間数 |
基本給と歩合給を併用している場合は、それぞれを換算したうえで合算して判定します。
また、特定の産業には特定最低賃金が定められている場合があります。地域別最低賃金と特定最低賃金の双方が適用される場合、高い方が適用されます。自社の業種が対象かどうか、一度ご確認ください。
6. 社会保険・給与実務への波及
最低賃金対応の賃上げは、社会保険手続きにも影響します。
① 随時改定(月額変更届)の要否確認
基本給や固定的手当の変更は「固定的賃金の変動」に該当します。変動月以降3か月間の平均報酬月額が従前の標準報酬月額と2等級以上の差を生じ、かつ各月の支払基礎日数が17日以上であれば、随時改定の対象です。
10月に賃金を改定した場合、10月・11月・12月の3か月を対象月とし、翌年1月から標準報酬月額が改定されます。給与計算担当者と社会保険担当者の間で、改定対象者リストの共有をお忘れなく。
② 社会保険の適用拡大との同時進行
令和7年6月13日に成立した年金制度改正法により、2026年10月から、短時間労働者の社会保険加入要件のうち「月額賃金8.8万円以上」の賃金要件が撤廃されます(いわゆる106万円の壁の撤廃)。当面は企業規模要件(厚生年金被保険者数51人超)が残りますが、対象企業では、週20時間以上勤務する短時間労働者が賃金額にかかわらず加入対象となります。
最低賃金改定と適用拡大が同じ10月に重なるため、対象企業では、時給の引上げと加入対象者の洗い出しを並行して進める必要があります。
③ その他
- 労働保険の年度更新における賃金総額見込みへの影響
- 賃金規程・雇用契約書・労働条件通知書の記載額の更新
- 賃金表全体のバランス(初任給と2年目以降の逆転、等級間格差の圧縮)の再設計
7. 点検チェックリスト
改定時期に合わせて、次の項目をご確認ください。
- □ 社員ごとに、所属する事業場の所在地の最低賃金額と発効日を確認したか(原則は勤務する支店等の所在地。ただし独立性のない小規模支店や在宅勤務の社員は、本社など直近上位の事業場の所在地)
- □ 本社と一括される地方の小規模支店の社員について、支店所在地ではなく本社所在地の最低賃金を下回っていないか確認したか
- □ 1か月平均所定労働時間を、最新の年間カレンダーで再計算したか
- □ 最低賃金に算入する手当・除外する手当を、手当ごとに仕分けたか
- □ 住宅手当を誤って除外していないか(割増賃金の基礎とは範囲が異なります)
- □ 精皆勤手当を誤って算入していないか
- □ 月給制の正社員についても、時間額換算で判定したか
- □ 固定残業代の明確区分性・対価性・差額精算の要件を満たしているか
- □ 賃上げ後の時間単価で、固定残業代が所定の時間数を満たしているか再計算したか
- □ 発効日が月の途中の場合、日割りでの判定に対応しているか
- □ 賃金規程・雇用契約書の記載を更新したか
- □ 随時改定(月額変更届)の対象者を抽出したか
- □ 業務改善助成金・キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)等の活用を検討したか

おわりに ── 年に一度の点検で、安心できる賃金体系を
地域別最低賃金額以上の賃金を支払わない場合、最低賃金法第40条により50万円以下の罰金が科される可能性があります。加えて、最低賃金に満たない部分の労働契約は無効となり、最低賃金額での支払いが義務づけられますので、差額を遡って支払うことになります。
対象が一人であれば数万円で済むかもしれません。しかし、同じ賃金体系の社員が10人、20人といれば、金額は一気に膨らみます。そして最低賃金割れが起きている賃金体系は、多くの場合、固定残業代の不足も同時に抱えています。
「月給30万円だから大丈夫」ではなく、「算入対象の賃金を1か月平均所定労働時間で割った結果、いくらか」。この一手間が、企業を守ります。
年に一度の改定時期は、賃金体系全体を点検する絶好の機会です。改定額の反映だけで終わらせず、手当の仕分け、固定残業代の妥当性、賃金表のバランスまで踏み込んで見直していただければと思います。